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1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365日

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365日

著者: デイヴィッド・S・キダー

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つまみ食いもいいでしょ。
年に1・2回、仕事関係以外で「固い本が読みたい!」という衝動に駆られることがあります。この本は、そんなある日に出会った一冊。大まかに説明すると、扱うテーマは「歴史」「文学」「視覚芸術」「科学」「音楽」「哲学」「宗教」の7つに分かれており、例えば「歴史:アルファベット」「文学:『ユリシーズ』」という風にテーマに沿った事柄が1ページごとにまとめられているので、1日に1ページずつ、365日を目標に読むといい、という仕様になっているのです。
そう言われても本の分厚さと「365日」という日数にたじろぐ方もいらっしゃると思います。正直に言って、私も一気に読んだわけではありません。気が向いたときに「前はたしかここまで読んだはず」という記憶を頼りに読んでいくのです。なんなら、読んでもよくわからないところは斜め読みにしたりもしますし。
いわばこの本は〈知識のつまみ食い〉ができる本なのです。小腹が空いたときに軽く何かを食べるように、ちょっと知識欲を満たしたいときに、様々な知識を自分のペースで読む。邪道かもしれませんが、そんな読書もあってもいいかな、と個人的には思っています。
もちろん、まっとうに1冊読み切れば、十二分にご満足いただけると思います。秋の夜長、多彩な知識のつまみ食いはいかがですか?
(中央図書館・だいず)

ATTENTION SPAN デジタル時代の「集中力」の科学

ATTENTION SPAN デジタル時代の「集中力」の科学

著者: グロリア・マーク/著 依田 卓巳/訳

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私に足りないもの、それは、自制心・・!
幼いころから本を読むことが好きな私ですが、5年ほど前から読む量が明らかに減ったことに気づきました。
加えて、集中して長時間、本を読むことが難しくなってきていることにも。

逆に増えた時間といえばスマホを眺める時間です。
最初は違和感のあったSNSのショート動画が今では見始めると止まらなくなる。
逆に長すぎる動画を見るのは億劫になってきている。
スマホが近くにないと落ち着かない。
そんな症状に気づいてしまったのです。

うーむ……
本を読むことで得られる発見や感動を手放したくない。ジャケ買いした本で予想外の感情を知ったり、とか、心の底から湧き上がる感動、とかそういうものに唐突に出会いたい。
これからも本を読むということを大切にしていきたい……

そこで、対策を考えました。
私は、性格上、読んで理由が分かれば納得できる。
それならば読むことで自分を律しようということで読んだのがこの本です。

「うんうん。そうだわ。確かに・・・!」の連発でしたが、なにぶんにも太い本なので集中力が続かず、読み終わるまでかなりの時間を要しました。やはり(笑)

しかし、読み終わってなんとなく納得したので、自制心をもってスマホとの付き合い方を考えていくことにしました。
スマホは大好き!そこは否定せず、しかし、距離感をうまく保つことがだいじ。
寝る前はスマホを見ない。出先の待ち時間では文庫本を読む。
などなど意識してスマホとの距離を保っていこうと思います!(ここに誓います!)

スマホと集中力の関係について、デジタル関連の研究等をもっと詳しく知りたい方、スマホとの関係で悩んでる!という方は是非ともこの本を読んでみてください。
(中央図書館・イミ)

一年一組せんせいあのね   こどものつぶやきセレクション

一年一組せんせいあのね こどものつぶやきセレクション

著者: 鹿島 和夫/選 ヨシタケ シンスケ/絵

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わたしが甘やかしすぎたかしら
小学1年生の登竜門、「せんせいあのね」。1年生の国語の単元で、経験したことや思ったことを先生に話しかけるかたちで文章を書くというもの。
娘が1年生の頃、せんせいあのねの宿題が出ては、どこかにお出かけしたこと、イベントに参加したことを書いていましたが、特に何もしていない日は「書くことがない」と。
どこかに行って何か特別なことをしなくても、日常の中で思ったこと、気づいたことを書けばいい、本を読んだ感想とか、空の雲がどうだったとか。と、伝えても納得しない娘におすすめの1冊。

神戸市で教員をされていた鹿島先生と子どもたちとのせんせいあのねからうまれた、1年生のことばたち。素直に感じたままの文章は、実は深く、でもかろやかに心に入っていきます。ヨシタケシンスケさんの絵とマッチして、くすっと笑えます。子どもならではの視点や、言葉の選び方は大人には書けないすてきな作品ばかりです。

ここで私のせんせいあのね

せんせいあのね。むすこ(2さい)がむすめ(7さい)にちょっかいかけて、なんかいも「やめて」っていっているのにやめてくれません。すると、むすめが「○○くんがこんなふうになったのは、わたしがあまやかしすぎたのかしら、、、」といっていました。どこでそんなことばおぼえたのでしょう。ばあばからきいたそうです。じゃあ、ばあばも「○○(わたし)をあまやかしすぎたのかしら、、、」と、まごにいっているのかな。
(中央図書館・あいすろいみ)

ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便を とり入れてみてはどうですか?~不便益という発想

ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便を とり入れてみてはどうですか?~不便益という発想

著者: 川上浩司

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不便からうまれる気づき
行き詰まりを感じているわけではないが、不便を取り入れる?不便益とは何だろう?とタイトルが気になり、とりあえず“まえがき”をめくってみた。
ある若手社員が企画のプレゼンで商品のネーミングを提案したが、上司から「長すぎる!」と一蹴されてしまう。しかし若手社員は今までのやり方を踏襲しようとする役員たちに納得がいかず、反論合戦が始まってしまう。
たいていの会議では発言するのは発表者と司会の人だけであとの人は黙って聞いていることが多くなる。(完全に黙って聞いている派に属する私には耳が痛い話である)しかしこの時は会議の参加者全員が本音で発言し合い、場が活性化されたのだ。なるほど長いタイトルは不便で採用されなくとも、そこから生まれた全員参加の議論は有益な時間となったのか。この本には著者の言う「不便であるからこそ得られる効用」が事例と共に紹介されている。
私の生活の中の「不便益」とは何だろう?すぐには思いつかない。それだけ不便なことは不便で仕方ないと受け入れているのかもしれない。しいていうなら姉と買い物に行き、同じ服を選んでしまったら色違いで妥協する。そして色に飽きたらトレードが可能。…はっ!そのためには私のダイエットが必要であった
(合掌)
(中央図書館・ヨラコ)


映画興行分析

映画興行分析

著者: 宇野 維正

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いやー洋画って本当にいいもんですね
以前も書いたことがありますが、実は読書より映画を見るのが大好きだったりします。
そんな私が最近特に感じていることなんですが、映画館(今はほとんどシネコン)に行くと、スクリーンのほとんどが「名探偵コナン」等のアニメだったり、「TVドラマの劇場版」だったりして、自分は確かに映画館にいるんだとの確信が揺らいでいるような気持ちになります。
私の世代は、TVのゴールデンタイムに映画劇場が週に4~5本はあり、それもほとんど洋画(ハリウッド大好き)が放送されていたことから、少なくとも、私の中では少年時代から現在まで「映画=洋画」で、同世代の方々も同じだろうと思っています。そう信じたい。
何でこうなったんだろうかと考えてみるのですが、思い返せば、多分、レンタルビデオや衛星放送が普及した頃から(1990年代後半?)か、地上波の映画劇場が激減し、残った数少ない番組も、アニメやシリーズ物を繰り返し放送することが多くなってきたことで、若い世代の人たちにとっては、映画=「アニメ」や「ドラマの劇場版」なんだろうなと、漫然とこういったことを考えている今日この頃なんです。
そんな時、出会った一冊が今回紹介する『映画興行分析』です。
この本を読むと、何となく感じていた疑問が解け、自分の思っていたことがデータでも裏付けられていて、納得するとともに、さびしかったり、自分が年老いて時代遅れになっているのかと考えたり、複雑な心境になりました。
私は、アニメもドラマの劇場版も好きで楽しんで見ています。
是非、若い方々に洋画も見ていただき、良さを知ってほしいなと願っています。

( 中央図書館 SHITUCHO )

アメリカは自己啓発本でできている

アメリカは自己啓発本でできている

著者: 尾崎俊介

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人生ノイズだらけもいいじゃない
 新聞書評等で少し前に話題になっていた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだ。本が読めないのがいやで会社を辞めた著者が、日本の明治から現代に至る労働の歴史に、各時代の働く人々が何を読んできたかを織り交ぜて、働いていると本が読めなくなる理由を説く。現代人は情報を必要としていても、「ノイズ(歴史や他作品の文脈・想定していない展開)」が一緒に入ってくる読書は避けがちなのだと。こうして「タイパ」や「ファスト教養」へ行き着く。
 そんな中でも自己啓発書がかろうじて読まれるのは、他人や社会など自分ではコントロールできないものを「ノイズとして除去」して、自分の行動のみに注目するかららしい。
 そんなこといったら私の毎日は「ノイズ」だらけ、かも。
 この本を読みながらも、大正時代に登場した「サラリーマン」が何を読んでいたかで登場する『痴人の愛』を借りたり、自己啓発書といえば「あれ」を読みたかったのだと手に取ったり。
 ということで今回紹介するのはこの「あれ」、つまり『アメリカは自己啓発本でできている』。『なぜ働いていると〜』が当館では貸出中&予約待ちなのだ。お待ちの間にこちらをどうぞ。自己啓発本ってアメリカ発祥で、さかんに読まれたり書かれたりしている国はアメリカと日本くらいだそうだ。アメリカ文学者が自己啓発本を研究し尽くした稀有な一冊。

(中央図書館・くろ)

いちばんていねいな、基本のデッサン

いちばんていねいな、基本のデッサン

著者: 小椋 芳子

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光と影
実りの季節
黄金色の水面が秋風に揺れ
祝福の音を奏でます。

長く伸びる影 ふたつ

隣の影
早く 遅く

足下の影
早く 遅く

見えないものを みつめる
見えないように みつめる

こちらを見た影に
ふと顔を上げると

輝く視線に出会います。


残しておきたいことに出会ったとき
画用紙に物語を描きたくなります。

光と影を切り取って
自分にだけ見えるように…


隣り合う影

触れる

重なる

うれしい戸惑いに影が揺れます。

(蒜山図書館・影絵)

命を守る防災ふろしき

命を守る防災ふろしき

著者: よこやまよしえ

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やるな、ふろしき
先日法事があり、お供えに箱入りの桃を持って行くことにした。
桃はとてもデリケートな果物であるがゆえに、大事に運ばなくてはならない。箱は横に広く、手持ちの紙袋では平らな状態で運べるものがなさそうだ。
どうしようか思案した結果思いついたのが、ふろしきである。
我が家のタンスに確かたくさん眠っていたはずだ。ナフタリン臭い引き出しを開けると、まぁ~あるわあるわ、大小色とりどりのふろしきが。見るとそれらの隅っこには、きっちりとマジックや縫い取りで苗字が書かれている。几帳面だった亡き義母らしい仕事。しばし感慨にふける。
たくさんのふろしきの中から大きさと色味がぴったりな1枚を選び、桃の箱を包んでみた。すると、なにやらとても格調高い雰囲気が漂っている。
やるな、ふろしき。

この原稿を書いている今、まさに台風が日本に接近中である。
防災グッズの中にふろしきを入れることにしよう。
(北房図書館・はにわ)

京都ものがたりの道

京都ものがたりの道

著者: 彬子女王/作

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京都の文化や歴史を知れる観光本かと思いきや…
以前の職場にいた頃たびたび【京都行きたい病】を発症し、最寄りの駅からひたすら歩いて神社仏閣を巡っていた。時には母を連れて京都の美味しいものを食べに行った。
そんな私の目に〈京都〉〈彬子女王〉の文字が飛び込んできて「彬子女王?なせ京都?」と思わず本を手に取った。
仕事で東京から京都へ引っ越しをされて久しく、二駅分くらい歩くことは日常茶飯事という側衛さん泣かせの彬子女王殿下。殿下は散歩が趣味ということもあり、東西と南北の通りが碁盤の目のように作られた京都の街を歩いてみて気付いたこと、見つけたものを京都の文化やものがたりと共に紹介している。殿下の日常も織り交せながら書かれており、スッと人の輪に入っていかれるところも読んでいて面白い。
〈新町通(しんまちどおり)〉の祇園祭の章では、近年は本来の姿に戻ったのだが、一時期交通規制の諸事情で本来2回あった祗園祭の山鉾巡行が1回になったとのこと。その際本来の祭の中心は神輿渡御であるのに、お神輿を見て「これも祇園祭なのか?」と聞いている方がおられ、本来の姿を知っている方が少なくなり〈少しさみしい気持ちになったものだ〉とあった。
そうか、日本の文化や歴史を大切に思われるからこそ幼稚園の子供たちに日本文化を伝えて行くという活動を始められたのかもしれないなと感じた。
それにしてもこの行動力はどこから来るのだろうか?
生まれてからずっと警察の方と一緒だったという殿下。遊んでくれたり、時には叱ってくれたり危険な時には身を挺して護ってくれる、ある意味家族以上の存在だったそう。京都に引っ越して来られたからこそ、その方々の仕事の重要さを今まで以上に知ることになり、〈私のために命を懸けてくれる人が全国にいる。その人たちに「ああ、この人を護れてよかった」と思ってもらえる存在であるために自分はどうあるべきなのか。それがようやく心の中におちてきた〉と。
この一文で京都歩きに適した観光本で終わることのない、大切なー冊に出会えた気がした。
(落合図書館・わらじ)

ワンルームワンダーランド

ワンルームワンダーランド

著者: 落合 加依子,佐藤 友理/作

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そこにいる
この真庭市立図書館ホームページの「おすすめの1冊」で順番が回ってくるにあたり、人に読まれるものを書くということに意識が向くようになった。毎回、もう書けない…、という状態に陥ってしまうのだが、そんな時は他の人が書いた文章を読んでしまう。
この本はひとり暮らしのワンルームにまつわるエッセイが読める、しかも物書きを仕事としていない、自分に近い人のエッセイ、それも100人分。何か得ることができるかもと手に取ってみた。
部屋全体の写真とお気に入りのものの写真、それとエッセイ。シンプルな部屋から物にあふれた雑多な部屋。それぞれの部屋にその人だけの暮らしが写真とエッセイから感じられ、全く知らない人なのに親近感が生まれてくる。
子どもの時に友だちと筆箱を見せ合ったようなそんなわくわく感。
このコーナーにも、そんなわくわく感を感じていただけていればよいのですが・・・
(落合図書館・ジジ)

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